稲荷山宿の油屋五郎右衛門と暁斎(時は慶応元年)

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稲荷山宿の油屋五郎右衛門は、風間五郎兵衛さんらしい。

文明開化の世相を風刺し優れた作品を残した狩野派最後の絵師河鍋暁斎、暁斎を姨捨山そして長楽寺・月見堂へ誘い【月見の宴】を開いた稲荷山宿(千曲市稲荷山町)の風流人の油屋五郎右衛門さん。この場面だけでは物足りないと【送別の宴】と称して二次会は4里(約16キロ)も離れた善光寺まで足を伸ばして真夜中の大宴会。「暁斎画談」にも登場する主宰の【油屋五郎右衛門さんは風間五郎兵衛らしい】と以前河鍋楠美先生らと当地を訪れた際に、地元の郷土史家の方より伺い,当時のお宅も推定できた。稲荷山は「ヒストリータウン」であることに間違いなし。

放光院長楽寺月見堂の図.JPG

我が心 慰めかねつ さらしなや おばすて山に 照る月を見て(勅撰和歌集【古今集】(905)より作者不明)

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このページは、kenが2009年3月18日 12:41に書いたブログ記事です。

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